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2021/01/14

うるる女性唯一の役員としての使命を果たす【うるるメンバーストーリー】

みなさん、こんにちは。うるる取締役の小林です。

うるるのメンバーひとりひとりの「想い」を、より多くの方に知っていただくための企画【うるるメンバーストーリー】、今回は私・小林が、執行役員の野坂を取材しました。

うるる創業メンバーであり、女性唯一の役員である野坂の仕事に対する深い哲学が存分に詰まった内容になっていますので、是非ご覧ください。

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野坂 枝美(のさか えみ)
・創業メンバー
・執行役員 シュフティ事業部長 兼 BPO企画開発
・北海道札幌市出身、東京進出第一号です
・好きなことは、蕎麦屋めぐり、スポーツ観戦、みんなで飲むこと(コロナ以前から行けてない)

在宅ワークをスタンダードにする事業と出会った地元・北海道時代

地元北海道の専門学校を卒業後、会計ソフトの開発/販売会社に入社しました。ルートセールスからお客様への使い方導入指導など、幅広い業務をこなしていました。仕事は充実していましたが、道内での出張が多くかなりの激務だったことを鮮明に憶えています。

その後、ブライダル衣裳レンタル会社に転職をしたのですが、逆に少し退屈で(笑)、自身の仕事の幅が広がりづらいと感じ、すぐに転職をしてしまいました。

その転職活動の中でうるるの前身にあたる会社と出会い、ご縁をいただき、在宅ワーカー向けの事業部に配属をされました。そこでは在宅ワーカーのスキルアップの支援をするような業務を行っていたのですが、その部門に新たに上司として赴任してきたのが、現・うるる代表の星でした。

星が、「在宅ワーク」というまだ社会に定着していなかった新たな働き方を社会のスタンダードにしていくんだと当時から言い続けていたことを憶えています。

また、その事業は在宅ワーカーのスキルアップを目的としていましたが、それだけではワーカーに価値提供が出来ず、スキルアップ後の仕事の提供も必要だと感じていました。そこで、在宅ワーカー向けのデータ入力の案件を受注するための営業活動も並行し行っていきました。データ入力の案件を受注するためのWEBサイトを作ったのですが、これが見事にあたって、最初から順調に案件をいただくことができました。

単身東京オフィスの立ち上げ~そして第一子出産へ

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倉庫を改築してオフィスにしていた頃

当時はまだ札幌の事務所だったのですが、お客様は東京にいることが多く、商談の度に星が東京に行っていたんですよね。当然営業効率が悪かったですし、東京に事務所を作ればもっと案件が取れると確信がありました。そこで2004年の夏に東京に事務所を作り、私が単身東京に乗り込むことになります。その頃まだ23歳。今思うと、若くて恐れるものもなく、勢いだけで突っ走っていたんでしょう。(笑)

その後、新設した東京オフィスに代表の星含め、後のMBOの際の創業メンバーに当たる4名が集結し、東京にて仕事をするようになりました。ほぼ仕事しかしていない日々で、夜中まで働いてそこからみんなで飲みに行き、会社と仕事と自分たちの将来について語り合う。全員が同じ熱量で同じ目標を目指し続けていたとても貴重な時間でした。

その後も案件は順調に獲得することができたのですが、案件のボリュームが多く、在宅ワーカーだけでは対応できなくなっていきました。そこで新たな入力リソース探しが始まり、WEBでそれを調べていたところ、中国で日本語入力ができることを知ったんですよね。そこで、中国に問い合わせをし、その後お世話になる中国のデータ入力業界の方々とお会いすることができました。これによって一気に会社のキャパが拡大しました。

数年、BPO事業の営業を行った後、転機を迎えます。結婚、そして第一子の出産をすることになります。ずっと仕事ばかりしていた私が、産休や育休で1年間うるるから離れることになりました。2010年当時は、会社にとって産休や育休取得の第一号です。今のような人事機能も備わっていないので、復職面談もありません。

ガラリと変わった会社の雰囲気に困惑

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2010年頃のうるるのエントランス

お休み中に創業メンバーと連絡を取り合って随時会社の状況は聞いていましたが、職場復帰したときには、自分が知っているうるるではなく、オフィスもメンバーもガラリと変わっていました。復帰初日に実際に目の当たりにしてびっくりしました。

特に、営業メンバーしかいなかったうるるに、エンジニアの開発チームができていたことが一番の驚きでしたね。大きく会社の雰囲気が変わっていたので、自分自身も改めて初心で頑張ろうと決意したのを憶えています。

復帰してからは、シュフティ事業部に配属となりました。シングルマザー向けの公共事業である「ひとり親等在宅就業支援事業」を担当することになります。

そこから様々な自治体にその手法を展開し、入札案件をどんどん獲得していきました。福岡市、山口県、甲府市、東京都など、とにかく出張が多かったことを覚えています。

皆を鼓舞し、乗り越えた多数の逆境

そんな最中、第二子を出産することになります。第二子の時は、3ヶ月の産休のみを取得し、育休を取らずに復帰しました。これはあくまで個人的な意見ですが、前回の育休1年は休みすぎたと思ったんです。1年育休を取ると、復帰後に頭も身体も仕事に追いつくのに時間がかかりました。でも3ヶ月くらいの休暇であれば全然追いつけると思ったので、育休は取らないことを決断しました。

復帰した際には、シュフティ事業部ではなくBPO事業部(現:うるるBPO)に配属されましたが、ここではいわゆる「マネジメント」を担うことになります。それまでマネジメントをきちんと担ったことがない私に、代表の星から「野坂に期待しているのは、今までの遊びみたいなマネジメントじゃないからな」と言われたのを今でも憶えています。(笑)

BPO営業部長として復帰し、部下が5-6名いたのですが、最初はかなり苦戦しました。人生初のマネジメントなので、ドラッカーやモチベーションの本を読み漁り、メンバーのモチベーションが上がるように様々な取り組みを実施しました。すごく大変だったことも沢山訪れたのですが、そんな時には「逆境こそ皆で乗り切ろう」と皆を鼓舞して数字を達成していましたね。仕組ではなく、まさに根性や気持ちのみで乗り切っていました。

新規事業の立ち上げ、そして執行役員へと昇格へ

BPOでは展示会で発生する招待券やアンケートの入力業務案件をいただいていました。週末に展示会会場に集荷に行き、その後オフィスで後処理をするなど、子育てとの両立がキツい時期もありました。

「どうやってこれを仕組みやシステムで解決できるか?」と考え、後の「KAMIMAGE」に繋がるアイディアが浮かび、星に話しすぐにフィジビリティをスタートさせることができました。またその時期に社内では「えんフォト」も生まれており、BPO事業部を離れてその両方の事業の立ち上げを担うことになりました。

2本の新規事業を、私含めた3人のメンバーで担っていたのですが、メンバー間の会話ではどっちの事業の話しをしていたかもよく分からない状態になっていましたね。今となっては、「そういう無謀はやっちゃだめだよ」という会社全体の教訓になったかと思います。(笑)

その後、会社全体の横串の営業チームを経て、2019年に執行役員へと昇格いたしました。現在は、BPOの企画開発として新たなソリューションのリリースに向けて準備をしつつ、シュフティの責任者を兼務しています。

シュフティでは、CGSを生み続けていくためのうるるの戦略の中心として、各事業部と対話を目下重ねています。一般的なクラウドソーシングから、どうリポジショニングをしていくか、今が変革のときであると感じています。

プラットフォームには「誰でもできる仕事」を量産することに意義がある

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オンラインうる水にてLTを実施する野坂

「人のチカラで世界を便利に」といううるるのビジョンは、私が現在関わっているミッションをこなしていくことで、実現に大きく近づけることができると思っています。

多くのワーカーを事業の中で活用する際に、このビジョンは常に意識しています。また、人のチカラだけではなくITのチカラを活用して事業展開していくのがうるるのサービスですので、人とITの「協働」や「融合」を目指しています。人とITで互いに補完をしあうことで、クライアントに価値提供ができると信じています。

また、うるるのメイン事業であるCGSをこれからも多数展開していくためには、シュフティを通じて人のチカラを多く活用できる状態をつくらないといけません。故に、シュフティの中に特異なスキルを持っている人だけができる仕事を量産しても意味がなく、誰でもできる仕事を量産することに意義があると思っています。

人のチカラはスキルの高さではなく、平準化された大量な業務をこなせる部分にあると思っていますし、新規事業においてはそういったビジネスの設計をしています。

女性が真に活躍できる会社を目指して

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うるるの現在のオフィスにて(写真右が野坂)

うるる女性唯一の役員として、良い意味で責任を感じています。

「女性が活躍できる会社」であることを社内外に証明していくには、ただ長く務めているだけではなく結果を残していかなければなりません。私にとってうるるの居心地の良さは抜群ですが、時にはプレッシャーをかけられ、能力以上、キャパ以上の期待をされることによって、成長があると思います。それらを真っ向から受け止めて、結果を出し続けられる人材になりたいと強く感じています。

本来であれば、男性だから女性だからと性別で括って活躍を評価する必要性はないはずですが、自分も経験したキャリアが止まる瞬間がある事実について、女性にとって大きな障壁になることは否めません。

そのためにさまざまな経験をした自分が「ロールモデル」ではなくて「1ケース」ぐらいになれればよいかなと思っています。

そして、後輩たちには自分が思い描いていた将来にならなかったときに、自分の力で歩めるような力強さを身に着けてほしいと思っています。

そのために、私もうるるだけではなくうるるを飛び越えても通用するようなスキルをこれからも磨きあげていきたいと思っています。

編集後記

野坂と私・小林は実は高校時代の同級生。あれから20年以上経った今、同じ会社で切磋琢磨し、こういった取材ブログを書かせてもらうことになるなんて、高校時代には夢にも思いませんでした。(そりゃそうですよね 笑)

単身東京に出てきて東京オフィスを立ち上げ、会社を創業し、二度の出産を経て、上場会社の役員を担う。こんなスーパーパワフルな女性が実は僕のすぐ近く居たということを、今回の取材を通じて認識いたしました。

「うるる女子塾」も担う野坂は、これから会社を大きく成長させていくと共に、自身が語ってくれたように、「1ケース」としての社会で活躍する女性像として、これからも思い切り攻め続けて欲しいと感じました。

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