みなさん、こんにちは。うるる執行役員CCO ブランド戦略・人事担当役員の小林です。私たちは「労働力不足解決のリーディングカンパニー」として、日本が抱える深刻な社会問題である労働力不足問題と日々向き合っています。その活動の一環として、当問題の実態や私たちの生活への影響について多くの方に知ってほしいと願い、「オープンファクトブック」を実施しています。ここでは労働力不足にまつわる実態、課題、展望などを解説していきます。
業種ごとに労働力不足を考察する本シリーズ。今回は、「林業」を取り上げます。
前編では、日本の林業が抱える「資源の過多」と「担い手の不足」という構造的な課題、そしてそれらを打破しようとするテクノロジーや新しい働き方の潮流を見てきました。
後編では、「林業の人手不足」をテーマに、小国町森林組合 参事 簗瀬和彦(やなせ・かずひこ)氏へのインタビューをお届けします。
九州のほぼ中央に位置する熊本県小国町(おぐにまち)は、総面積の約8割を森林が占める“森のまち”です。特産の『小国杉』は全国的な知名度を誇り、現在は最新のITツールを駆使したスマート林業の先駆的存在としても知られています。
しかし、その先進的な取り組みの裏側には、単なる効率化を超えた「山と人をどう守り続けるか」という切実な問いと、何十年にもわたる試行錯誤がありました。次世代へ豊かな資源と仕事を引き継ぐべく、小国町が導き出した「持続可能な林業」のカタチに迫ります。
簗瀬和彦氏プロフィール
昭和58(1983)年入組。原木の共同販売や森林整備の現場で実務を積み、総務課長、販売課長を歴任。平成15(2003)年の事業課長就任を機に、「小国杉」のブランド化戦略を本格始動させた。現在、総務課長兼参事として、現場実務と経営戦略の両面から、100年先を見据えた持続可能な林業の仕組みづくりを牽引している。
――まず、オープンファクトブックをご覧になって、どのような感想を持たれましたか。
森林蓄積の状況について、改めて人工林資源の多さに驚かされました。小国町でも、現在の資源をすべて伐採するには100年以上かかると言われていますが、その頃には今70年生の木が170年生になります。木が大径化しすぎると、既存の機械では伐採や搬出が難しくなり、対応できる製材所も限られてしまいます。つまり、「資源があるのに活かしきれない」という状況が現実味を帯びていると感じました。
また、「専門技能に見合わない給与水準」という点も実感しています。当組合では月給制や賞与制度を導入し、一定の安定性を確保していますが、業界全体では請負形態も多く、機械化の状況や作業内容によって収入が大きく変動します。この不安定さが、若者が二の足を踏む大きなファクトになっているのではないでしょうか。
――土地の境界が不明な「所有者不明林」も全国的なボトルネックとなっています。小国町の状況はいかがですか。
小国町の大きな強みの一つが、地籍調査※1の進捗です。あと6~7年で完了する見込みであり、全国の林地の進捗率がわずか47%※2と半分近くが手つかずのなか、全国平均と比較しても非常に進んでいますし、稀なケースと言えます。
※1 地籍調査とは、国土調査法に基づき、市町村が主体となって一筆(1つの土地)ごとの所有者、地番、地目を調査し、境界の測量を行って正確な面積や位置を明らかにする調査
※2 全国の地籍調査実施状況|地籍調査Webサイト
https://www.chiseki.go.jp/situation/status/index.html
調査の進まない背景には予算や面積の問題がありますが、とりわけ山林は、急峻な崖や藪をかき分けて測量するので大変な労力を必要とします。国は、航空写真等を用いた「筆界案」で境界を決めてもよいという簡略化ルールを打ち出していますが、境界が曖昧なままでは無断伐採などのリスクもあり、そもそも事業が進められません。林業においては、人手不足と同じくらい「仕事を始めるための基盤整備」が重要であると考えています。
――その点、小国町は、地形的にも林業に適していると言えるのでしょうか。
恵まれている面は大きいと思います。小国町は阿蘇外輪山の北西側に位置していますが、ここは地形がなだらかで標高差が小さいのが特徴です。標高差が大きい山では、頂上と麓で木の成長速度や品質に差が出てしまいますが、小国町は養分が均一に行き渡りやすく、品質が安定していると言えます。さらには、林道も整備しやすいため、林道密度※も高い水準にあり、機械化がしやすく、搬出コストも下げられます。
※ 森林1ヘクタールあたりに何メートルの林道が存在するかを示す指標。林道密度が低い地域では、森林管理(伐採、搬出)に時間がかかるため、コスト高の要因となる。
――小国町は林業における人手不足を、どのように対策されてきたのでしょうか。
私たちは、作業する人が年々減少していくことを見越し、昭和61(1986)年に、町と組合、そして森林所有者の三者で、「株式会社悠木の里」という林業会社を設立しました。いまでこそ、「森林環境税」や「緑の雇用事業」など行政の支援がありますが、これらがない時代に、林業を「自分の山は自分で守る」という自営的な形から、「プロの会社が受託して行う事業」へと定義し直した点は、先駆的な取組だったと言えます。
ただ、課題もありました。
森林が高かった時代、相続のたびに山が細分化されたことで作業面積が小さくなり、大型機械を入れると「植栽面積が減る」ということで、機械化が思うように進みませんでした。作業者を初心者から雇用したことや、小型機械での作業ではコストが合わず、経費がかさんで会社は赤字に陥りました。結果として平成22(2010)年に会社は解散し、組合が事業を引き継ぐことになりました。
しかし、この時の「組織で山を守る」という試行錯誤があったからこそ、現在は職員9名と、40名の独立した一人親方、協力会社が連携し、町単体として年間約4万立方メートルの素材生産量※を維持しています。
※ 林野庁「令和6年度森林及び林業の動向(P.104)」によると、1経営体当たりの平均素材生産量は3500立方メートルであり、小国町は非常に密度の高い生産量を誇っていることが分かる。
――それでもやはり働き手は足りないのでしょうか。
積極的な情報発信が奏功し、保育※担当の作業員数は維持できていますが、伐採量が増え、機械化も進んでいるので、働き手をもっと増やしたいのが実状です。
※ 植えた苗木が真っ直ぐ育つよう、下刈りや雪起こしなどで森林を健康に育てる管理作業のこと。
また、製材所はさらに深刻です。私が入組した40年前と比べ、その数は4分の1まで減っています。円高や安価な外国産材の流入、そして長期にわたる住宅着工数の減少が背景にあります。
小国町には大規模な製材工場がなく、注文に合わせた製材を得意としていますが、それは同時に人件費や資材費の高騰をダイレクトに受けることを意味します。製品が高く売れなければ、新たな雇用や賃金を上げる原資をねん出できません。「雇用の手前」の課題を解消する必要があります。
――「小国杉」は全国的な認知を獲得していますが、そのブランド確立の背景には、「持続可能な林業への挑戦」や「人手不足という構造課題の解決」を目指す意図があるのではと推察しています。ここまでの変遷と、そこに込められた戦略を教えてください。
私たちは、「山と人をどう守り続けるか」をテーマに、「小国杉」の高付加価値化に取り組んできました。その変遷を辿ると、いくつかの大きなターニングポイントがあります。
1. 「信頼」を可視化する(平成18年〜20年頃)
まず着手したのは、品質の「客観的な証明」です。平成18(2006)年には、森林組合としては全国で2番目の早さで森林認証制度「SGEC(エスジェック)」を取得しました。これは、持続可能な森林管理を証明する国際規格になります。今でこそSDGsの文脈が語られることが多いですが、当時はまだ一般的ではありませんでした。
さらに平成20(2008)年、耐震偽装問題などで住宅の品質が厳しく問われた時期に、「木材地熱乾燥施設」を建設しました。小国町の豊かな地熱を利用し、製材製品を低温でじっくり乾燥させることで、木の細胞を壊さず、色艶を保ちながら、「曲がらない」「縮まない」という高い寸法安定性を実現しました。
当時は、木材価格が最盛期の4分の1にまで下がり、製材所の体力も低下していました。「製品」が安心の名のもとに信頼され、売れていかないことには、その原料である「木材」も売れません。小国杉が選ばれていくためにも、地熱乾燥施設は不可欠な投資でした。
2. 「未利用材」が「収益」と「価格安定」に変わる(平成23年〜)
この当時、細い木や曲がった木は製材製品に向かず、紙の原料(チップ)として販売されていました。しかし、価格は生産原価に届かず、搬出販売しても所有者は赤字の状況でした。転機となったのは平成23(2011)年に始まった、「木質バイオマス発電」です。近隣に出来た発電所が、これらの木をエネルギー資源として安定価格で買い取ってくれるようになったことで、原木価格が押し上げられ、所有者の所得が向上しました。また山から端材がなくなることで、次の苗木を植える保育の作業効率も向上し、「山をきれいに保つこと」が「稼ぐこと」につながる構造をつくれたことは、林業を継続するための大きな転換点となりました。
3.素材から「暮らし」の提案へ。大径木活用と共創によるブランドの深化(近年)
そして近年は、「大きくなりすぎた木」という新たな課題に向き合っています。樹齢70年を超え、直径30センチを上回るような大きな木は、大量生産の大型製材工場では扱いにくく、合板用や輸出用などに安く流通させざるをえませんでした。そこで私たちは、これらを高付加価値な建材へと昇華させるべく、構造用合板『Layer』を開発しています。
手入れされた原木から出来た合板は節が無く、木目も綺麗なことから阿蘇くまもと空港の天井材に採用されるなど内装材として高い評価を得ており、新たな販路開拓も実現しています。
また、小国杉はヤング率E-70・E-90の数値が出る※ことから、この強度を活かし出来上がった建築物(エバーフィールド木材加工場)は『第28回木材活用コンクール最優秀賞(農林水産大臣賞)』『ウッドデザイン賞2024 最優秀賞(国土交通大臣賞)』などにも輝いており、小国杉ブランドをより広く知らしめる契機にもなりました。
また、小国杉の認知を生活者へと広げようと、九州大学と共同によるアロマ製品の研究や、地元の木工作家とのコラボレーション商品も展開しています。
※ ヤング率とは、木材に力をかけたとき、どれだけ変形に耐えられるかを数値化したもの。スギは本来、他の樹種に比べて少し柔らかい(数値が低めに出やすい)性質を持っていることから、E-90の数値はかなり強度の高い部類に入る。
以上、こうした取り組みの根底にあるのは、組合単体ではなく「周囲を巻き込む」という視点です。地元の作家さんや加工業者さんと利益を分かち合うことで、地域全体に収益が回り、それがまた次の新しいチャレンジへの原資となります。
小国杉の付加価値を高め、収益性を確保できる環境を整える。こうした実利をともなう基盤づくりこそが、巡り巡って担い手の確保につながり、産業としての持続可能性を担保することになると考えています。
――長年にわたり脈々と取り組みを続けられてきたことがひしひしと伝わってきます。ブランドづくりのほかにも、人手不足対策として取り組まれていることはありますか。
木材流通は入札や競りによる「共同販売(原木市)」が一般的です。従来は、買い手(製材所)さんが入札票に金額を手書きして「競り子」に渡し、最も高い金額を付けた人に販売しています。
この「入札票」ですが、私たちは令和4(2022)年に、紙から「入札アプリ」に変更しました。これにより入札に対応する人員を削減できたのに加え、入札情報はデータとして残るので、落札結果の入力をはじめ、集計にかかっていた膨大な事務時間が大幅に短縮されました。さらには、このデータを分析することで、山の所有者に需要の高い木材の傾向をお伝えできるようになるなど、勘や経験だけに頼らない林業経営が可能になっています。
加えて、冒頭でもお話しましたが、当組合は「悠木の里」設立以来、月給制を採用しており、賞与制度もあります。これは就業者にとって安心感が大きいといえます。さらに現場職員には、最大4万円の資格手当を町と折半する形で支給しています。
――小国町では官民一体となった先進的な取り組みが進んでいますが、林業全体の労働力不足や産業の停滞を解消するために、国や業界全体にはどのような役割を期待されますか。
全国的に広域森林組合が主流のなか、小国町は単一組合を維持しています。町自体が「林業立町」を掲げていることもあり、組合と役場が二人三脚で動ける非常に恵まれた環境にあります。私たちの現場の声に対しても、行政は真摯かつ迅速に対応していただいていると実感しています。
しかし、一地域の努力だけでは解決できない課題が存在しています。どれだけ私たちが山を整え、効率的に木を切っても、それを買ってくれる市場や消費者がいなければ、産業としては行き詰まってしまいます。国には、国産材の積極的なPRによる需要喚起に、いっそう注力していただきたいと思っています。木を使うことが、巡り巡って日本の国土を災害から守り、地方の雇用を維持するという「価値」を、社会全体で共有していく必要があると考えています。
また、林業は住宅産業と密接につながっています。近年のウッドショックや、住宅建築における資材ひっ迫の影響で着工が遅れるといった事態は、川上である私たちにも間接的に、しかし確実に打撃を与えます。林業を単体で見るのではなく、サプライチェーン全体を見て、地続きの対策を講じてもらうことを切に願っています。
林業は70年、80年という非常に長いサイクルで営まれる事業です。だからこそ、目先の情勢に一喜一憂するのではなく、急な変動の際にも踏みとどまれるような、長期的で安定した支えをお願いしたいです。
――最後に、林業という仕事の魅力を教えてください。
地域の山は「財産」です。水を蓄え、酸素を生み出し、土砂災害から人々の生活を守る。その公共的な使命を担っているという自負は、大きなやりがいです。さらには、大阪万博で披露した「木糸(もくいと)」でつくったユニフォームのように、木という素材にはまだまだ未踏の可能性があることも、魅力の一つです。
自然と向き合うことが好きな人にとって、林業はこれからも刺激と面白みにあふれた「挑戦の場」であり続けるはずです。
終わりに
前編で概観した通り、日本の林業は「パンパンに膨らんだ在庫」を抱えながら、担い手不足という構造的な課題の前で立ち尽くしています。しかし、小国町森林組合・簗瀬氏の言葉からは、「高付加価値化」や「DX」の視点を加えることで、新たな活路が見えてくることが分かりました。
小国町が証明したのは、林業が単なる「素材産業」に留まらず、デザインやテクノロジー、そして地域共創を掛け合わせることで、関わるすべての人に収益と誇りをもたらす「クリエイティブな成長産業」になれるという事実です。
山を育てることは、未来のインフラを守ること。
私たちは今、木を一本切ることの重みと、その先に広がる豊かな暮らしの可能性を、改めて社会全体で共有していく必要があると感じました。