皆様、はじめまして。ブランド戦略部の桂です。
2026年1月にうるるへ入社し、広報としてのキャリアをスタートしました。
実は、1年前までは自分がうるるで広報の仕事をしているとは、まったく想像していませんでした。
私にとってうるるとの出会いは、まさに“青天の霹靂”とも言える出来事です。
本記事では、これまでのキャリアと、広報を志した理由、そして入社後に感じていることをお伝えします。
少し長くなりますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
ープロフィールー
桂 純(かつら じゅん)
2026年1月入社 ブランド戦略部にて事業広報担当
・神奈川県横浜市出身
・新卒で百貨店に入社後、農業協同組合での金融営業、人材紹介会社でのキャリアアドバイザーを経験。
13年にわたる営業キャリアを経て、36歳で現在の広報職へとキャリアチェンジ
・趣味は野球(草野球のプレイングマネージャー)の他、サウナ、喫茶店巡り…さらに最近は二郎系ラーメンも加わり、私の趣味は広がる一方です
・フランスにルーツを持っており、私にとってフランスの景色は特別な活力の源。
コロナ禍前は、親戚や友人に会いに毎年現地へ足を運んでいました。
あの地で充電する時間が、日々の仕事に向き合う原動力になっています
百貨店での挫折と、原点となった経験
2012年、私は志望していたアナウンサーの道を諦め、百貨店へ就職しました。
当時はリーマン・ショック後の影響が色濃く残り、就職氷河期とも言える状況でした。
そんな中で採用していただいたことには、今でも深く感謝しています。
入社後は、お客様と商品に向き合う日々。
中でも、紳士服売り場での経験は強く印象に残っています。
スーツは、お客様一人ひとりの体型や好みに合わせて仕立てるものです。
そのためには、正確な採寸やライフスタイルに合った提案が求められます。
当然ながら、最初はうまくいきません。
失敗を重ね、上司やお客様に頭を下げる日々が続きました。
「自分はここにいるべきではないのかもしれない」
「これ以上迷惑をかけたくない」
そんな思いを抱えながら働いていたある日、転機が訪れます。
「広報」という仕事との出会い
ある日、上司から突然声をかけられました。
「今度、『ガイアの夜明け』の取材が入るんだけど、桂に出てもらいたいと思っている。」
会社を代表してメディアに出ることが、自分に務まるのか。
その話を聞いた瞬間、驚きと不安でいっぱいでした。
その過程で、初めて広報担当者と関わることになります。
取材前の打ち合わせでは、制作側の意図だけでなく、
「どうすれば会社の魅力を伝えられるか」という視点で細かな指示がありました。
また、取材当日までの調整や交渉を通じて、
広報は裏側で細やかな調整や工夫を重ねながら、自社の魅力・価値を最大化する仕事であることを知りました。
広報担当者にとっては仕事の一部に過ぎませんが、私にとってはやり取り全てが新鮮でした。
番組放映後、社内外からの反響は想像以上に大きいものでした。
特に来店されたお客様から激励の言葉をかけていただいたとき、メディアの影響力の大きさを実感すると共に、
会社の取り組みが世間から評価されることで、組織の一員でいられることへの喜び・誇りを感じました。
それまで仕事で失敗続きだったこともあり、後ろめたい気持ちを感じる日々でしたが、この体験を通していつの間にか前向きな気持ちに切り替えられていたのです。
「PRを通じて関りを持つ人々を幸せにしたい」
この体験が、私の広報としての原点です。
キャリアアドバイザーとして感じた“違和感”
その後、紆余曲折を経て人材紹介会社へ転職し、キャリアアドバイザーとして
働くことになります。
年間約400名の方と面談し、多くのキャリアと向き合いました。
そこで印象的だったのが、「未経験の領域に挑戦したい」と考える方が多くいらっしゃることでした。
一方で、「転職」はこれまでの経験を活かし、即戦力人材として企業のニーズとマッチした方が叶えていくイメージが強く、未経験への挑戦には高い壁があるという認識を持っていました。
そのとき、ふと気づきました。
自分自身も、まさにその当事者であることに…。
営業として10年以上のキャリアを積んできた私にとって、広報は“遠い存在”でした。
諦めきれなかった想いと挑戦
私は元来、あまり諦めが良いタイプではありません(笑)
「難しい」と言われるほど、やりたくなる。
「入手しにくい」と言われるほど、手に入れたくなる。
一度気になるととことん追いかけてしまいます。
どのようにしたら営業職のキャリアから広報職に近付くことが出来るだろうか。
私は通常業務の傍らで「社内ラジオ」運営を行っていました。
社内ラジオは事業部へのカルチャー浸透やエンゲージメント向上を目的にスタートしたもので、事業部長や様々なゲストとともに、社員の成功事例や想いを発信していました。
社員からは、
・モチベーションが上がった
・すぐに業務に活かしたい
といった声を頂き、やりがいと共に手応えを感じていました。
ラジオのミッションとは別に、
「より多くの社員にスポットライトを当てて、想いや知見を組織に落とし込みたい」
「出演した社員の知名度を上げ、仕事をしやすい環境づくりをしたい」
といった気持ちで無我夢中で取り組んでいました。
この経験を通じて、「人や組織の魅力を伝える仕事がしたい」という想いが、ますます強くなっていきました。
しかし、現実は甘くありませんでした。
満を持して社内公募制度による広報への異動を図るも結果は不合格。
失意のどん底に落ちた私でしたが、自分の夢を追いかけるのであれば社内に留まる必要はない、と転職を決意します。
うるるとの出会いと、入社の決め手
転職活動の中で出会ったのが、うるるでした。
キャリアアドバイザーの職務の中で様々な企業の求人を見ていたこともあり、このユニークな社名を目にしたことはありました。
SaaSとクラウドワーカーを組み合わせた独自のビジネスモデルに興味を持ち、選考に進みました。
実際に選考が始まると、ブランド戦略部課長の高橋、
CCO (Chief Culture Officer)の小林との面接で、実務経験がないにもかかわらず、私の広報の仕事への想いを真摯に受け止めてくれているように感じました。
そして同時に「この人たちと働きたい」と自然に思えるようになっていました。
最終面接前には、CCOの小林が発信しているnoteも繰り返し読み込みました。
うるるが大切にしている価値観や考え方を少しでも理解したい、という一心でした。
そして最終面接では、理屈ではなく、想いをそのままぶつけていたと思います。
結果として内定をいただき、迷うことなく入社を決めました。
入社前から感じた「うるるらしさ」
入社を決めた後も、印象的な出来事がありました。
ひとつは、入社時期の調整です。
内定を頂いたのが8月中旬。
一般的には10~11月入社を促されてもおかしくない時期です。
私は家庭の事情で1月入社を希望したところ、「家庭を優先的にお考えいただいて問題ありません」と柔軟に対応していただきました。
これ程までの寛大な姿勢に心から感謝をしたことは忘れません。
もうひとつは、入社前にも関わらず忘年会に招待していただいたことです。
入社日が近付くにつれ、徐々に私の心は期待と不安で一杯になっていきました。
(もしかしたら不安が上回っていたかもしれません)
そんな私の気持ちを汲み取ったかのように、うるるからは「懇親を深めるためにもよければ忘年会に参加してみませんか?」とお誘いを頂きました。
このように入社前から「会社はホーム、社員はファミリー」という価値観が、本当に体現されていると身をもって感じることができました。
そして不安な気持ちは薄れ、スッキリとした気持ちで入社初日を迎えることが出来ました。
入社して実感したカルチャー
入社後にまず驚いたのは、社長と社員の距離の近さです。
社長がオフィスで談笑している様子や、社長と入社初日にランチをご一緒させていただいたことは、とても印象的でした。
その社長の姿から、どことなく社員の「お父さん」のような雰囲気を感じました。
その「家族」である社員も皆フレンドリーでした。
入社間もない私に対し、積極的に声をかけてくれたり、好奇心を持って接してくれたりと、働きやすい・居心地の良い環境作りを自然としてくれているように感じました。
また、社内コミュニケーションツールのSlackにおいても、うるるらしさを感じることが出来ました。
誰かの発信に対して自然とリアクションが集まる傾向が強く、自分ゴトとして捉えることができる社員が多い点にとても感心しました。
さらに、社内イベントを通じて部署を越えた交流もあり、中途入社でもすぐに馴染める環境が整っています。
これから実現したいこと
私はこのような素晴らしい仲間に恵まれ、36歳にして初めて広報のキャリアを歩み始めることとなりました。
入社前から「会社はホーム、社員はファミリー」に助けられてきた私ですが、うるるスピリットの中でもう1つ好きなものがあります。
「ベンチャースピリットを持って、挑戦し続ける」です。
特に私は「オールドルーキー」的な立場でもあるので、これまでの経験をどう広報の仕事に接続させるか、が重要だと感じています。
目先の目標はこれまでの営業・人材領域の経験を活かしながら、「私にしかできない広報」を確立すること。
そして、
「社内外から頼られる存在となり、うるるで働く人の帰属意識を高め、組織を活性化させる」
これを実現していきたいと思っています。
ブランド戦略部の皆様、そしてうるるに関わるすべての方へ。
まだまだ未熟ではありますが、これからどうぞよろしくお願いいたします。