業界研究⑤飲食業界の人手不足を考察します!~「オープンファクトブック#12」
みなさん、こんにちは。うるる取締役 ブランド戦略部長の小林です。
私たちは「労働力不足解決のリーディングカンパニー」として、日本が抱える深刻な社会問題である労働力不足問題と日々向き合っています。その活動の一環として、当問題の実態や私たちの生活への影響について多くの方に知ってほしいと願い、「オープンファクトブック」を実施しています。
ここでは労働力不足にまつわる実態、課題、展望などを解説していきます。
日本商工会議所・東京商工会議所が2023年9月に公表した『人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査』の結果をもとに、人手不足の深刻度の高い業界を掘り下げる本シリーズも、5回目になりました。
今回は、私たちの暮らしにとても密接な「飲食業」の労働力不足について、その実態と背景に迫りながら、解決策を考えるとともに、後半では北海道札幌市を拠点に、飲食店等を展開する株式会社LAUGHDINNING(https://laughgroup.jp/) 取締役社長 松原貴広 様に、飲食業をとりまく実情や、人手不足を招かない独自の取組について語っていただいた内容をお届けします。
目次
飲食業界、コロナを乗り越え復調か
コロナ禍では営業制限による厳しい経営を強いられた飲食業ですが、それを乗り越えたいまは、再び活気を取り戻しています。
日本フードサービス協会は、『外食産業市場動向調査(2024年6月度) 結果報告』(※1)の中で、「街の人出が増え、訪日外国人客の需要も変わらず堅調で、外食全体の売上は前年比112.4%となった」とコメントしており、飲食業界は順調に復調しているといえます。
その一方、東京商工リサーチの調査によると、2023年度の飲食業の倒産件数(負債1,000万円以上)は930件(前年度比57.0%増)と、過去最多を更新。
新型コロナウイルスの影響を起因とする倒産は約6割にも上るとされており、コロナ関連支援の終了や縮小、雇用止めした人がカムバックしないがゆえの人手不足、人件費や材料費、光熱費のコスト増が事業者の大きな負担になっています。
なお、就業者数は2023 年平均で 398 万人(注:「宿泊業」含む)と前年に比べて17 万人増加していますが、コロナ前にあたる2019年の421万人には及びません。
厚生労働省「令和5年上半期雇用動向調査結果の概要」によると、令和5年6月末日現在の未充足求人数は33.6万人と算出されていることから、必要とされる就業人口は2023年時点で431.6万人と推測できます。なお、欠員率は全産業平均2.8%に対し、飲食業は6.1%と最も高い割合です。
人手不足をもたらす要因
飲食業の人手不足は、何に起因するのでしょうか。本題に入る前に、飲食業界における人流を見ておきたいと思います。
厚生労働省「令和5年上半期雇用動向調査結果の概況」によると、「宿泊業,飲食サービス業」の 入職者数は約98万人、離職者数は約79万人となっており、いずれも全産業中最多となっています。
これは、「大量に就業するけれど、大量に辞めていく」ことを意味します。
人材の流出入が激しければ、採用コスト、育成コストが常にかかるだけでなく、スキルセットが完了するまでは効率性を求められない業務に甘んじることになります。もっとも、スキルの定着によってどの職場でも働けるようになった人が、より良い就業先を求めて転々とするケースもあるでしょう。
ここで、株式会社リクルートジョブズリサーチセンターが2024年4月に公表している「就業者・離職者と企業に関するレポート」から、飲食業における離職理由を見てみます。
業態ごとに上位5項目は下記のとおりであり、離職理由には、「やりがい」「報酬」「業務負荷」が関係しているといえそうです。
① やりがい
「一時的に就いた仕事だから」「他に興味のある仕事を見つけたから」「他に優先させるものがあるため」という項目は、『やりがい』に関連しているといえそうです。これらを覆す「この世界で働き続けたい」と思える魅力を飲食業に加えることができれば、働き手の定着につなげられる可能性がありそうです。
② 報酬
「給与、報酬が低いから、上がる見込みがなさそうだから」というのは、データにも表れています。国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」によると、全給与所得者における平均給与 458 万円(※2)に対し、「宿泊業,飲食サービス業」は 268 万円(※3)と、全業種を通して最も低くなっています。
③ 業務負荷
「仕事内容が体力的にきついから」「休日が少ないから」「勤務時間が長いから」の項目からは、業務内容や労働環境に対する不満を読み取れます。たとえば、年次有給休暇を見ても、全産業の平均付与日数17.6日に対し、「宿泊業,飲食サービス業」は13.6日と4日少なく、平均取得日数も全産業10.9日に対し、6.7日と低い水準です。
飲食業は世の中が休日になる週末やGW、年末年始がかきいれどきにあたり、「休みたいときに休めない」「自分の予定を優先しづらい」といった理由が離職につながっていることが考えられそうです。
なお、ジョブズリサーチセンターの調査では就業者に対し、「現在の職場に必要な改善点」という設問もあります。その回答の上位には、「正社員、アルバイト・パート・契約社員の増員による業務負荷の軽減」が挙がっていることも、飲食業の実態を知るうえで押さえておきたいところです。
人手不足を埋めるために
飲食業界の人手不足を、「やりがいアップ」「報酬アップ」「業務負荷軽減」によって解決できると仮定した場合、どのようなアクションが考えられるでしょうか。
ここでは実際のケースを交えながら、その方法を探ってみたいと思います。
① やりがいアップ
「お客さまに感謝される」「お客さまの反応がダイレクトに伝わる」ことは、飲食業で働く大きな醍醐味です。こうした好体験を一人ひとりの興味関心に合わせた業務——たとえば、メニュー開発、SNS運用、ポップなど販促物の作成、季節装飾の選定などに反映できれば、やりがいアップにつながりそうです。また、明確な評価基準とそれにともなう昇格昇給、これを補完する目標設定、マニュアル整備も大事になるでしょう。
なお、小売業では、髪やネイルの色、ピアスを自由とするなど、個人のポリシーを大切にしたルール設定によって、従業員がイキイキと働くことにつながったケースも見られており、こうした取組からもヒントが得られそうです。
② 報酬アップ
人手不足は全産業が直面する課題であり、人材確保にあたって報酬アップは積極的に検討しなければならないことの一つです。たとえば、牛丼チェーン『松屋』を展開する松屋フーズホールディングスは、2024年4月1日の給与改定で、正社員のベースアップと新卒初任給の引き上げ等を決定し、10.9%相当の賃上げを実施(※4)。その他大手外食チェーンでも同様の動きが見られています。とはいえ、原材料の高騰など飲食業を取り巻く環境は厳しいものがあり、メニュー価格に転嫁して原資を捻出せざるを得ない事業者も多くみられています。
無理なく報酬アップを実現していくにはどうすればよいのか、まだまだ考えていかなければならない課題であるといえそうです。
③ 業務負荷軽減
昨今、飲食業の現場で見られるようになった一つが、ロボットによる料理の提供です。たとえば、すかいらーくグループのファミレスチェーン『バーミヤン』ではネコ型配膳ロボットがフロアで活躍しており、ピークタイムの欠かせない戦力になっています。
(※5)また、ロイヤルホールディングスが運営するレストラン『ロイヤルホスト』では、営業後の清掃をお掃除ロボットに任せていることはよく知られた話です。
最近ではセルフレジも珍しくなくなり、完全キャッシュレスのお店も増えています。こうした機械はレジ締めまで済ませてくれるので、「金額が合うまでお金を数え直す」「合うまで帰れない」のような、いたずらに時間のかかることも起こりません。
また、違う視点では、あきんどスシローが営む回転ずしチェーン『スシロー』が、GW明けに全店を二日間休業し、従業員がリフレッシュできる期間を設けています。(※6)従業員の負担軽減や働きやすい環境をつくるために、「休業」という選択肢も考えられる一手ではないでしょうか。
なお、鈴茂器工株式会社「飲食店の人手不足に関する調査(2024年)」によると、飲食店の機械化に対し、生活者の86.4%が「賛成」と答えています。(https://www.suzumo.co.jp/news/suzumo_Research202404.pdf)
「人にしかできないこともあると思うが、出来る部分は分担することで効率化が図れると思うから」(男性20代)、「機械で出来ることは機械にやらせたほうが従業員の負担が減ってよいサービスが提供できると思う」(女性60代)といったフリーコメントからも分かるとおり、飲食業界の働き手不足はもはや国民の知る課題であり、適材適所のDX化を進め、日本が世界に誇る心のこもったサービスを維持していくことが求められているといえそうです。
飲食業界のリアルボイス~成功企業から人手不足解消のヒントを探る
ここからは、株式会社LAUGHDINNING(https://laughgroup.jp/) 取締役社長 松原貴広様のインタビューをお届けします。
店舗間の連携で一時的な人手不足に対処
――まず、御社について聞かせてください。
松原様 当社は札幌市を拠点に、飲食店をはじめ、水産製造加工場、鮮魚店を経営しています。以前は飲食店のみでしたが、コロナ禍に水産製造加工場を開設したのをはじめ年々事業の幅を広げており、「水産の一気通貫事業」へとリブランディングも図っています。
現在の従業員数は約100名。そのうちアルバイトは6割超にのぼります。お客さまの多くは地元の方ですが、地域によってはインバウンドも含めた観光の方にもお越しいただいています。
ーーありがとうございます。飲食店は現在、直営で11店舗を運営とのことですが、本オープンファクトブックの中には、松原さんの業界に対するご認識や、御社の事業における課題など、共通点はありましたか?
松原様 僕もこうした市場動向はよくチェックするのですが、概ねこの通りと理解しています。特にやりがいや給与・労務面は雇用形態に関係なく魅力をつくっていく必要を感じています。
たとえば、アルバイトは他の仕事との掛け持ちも多く、「昼間の仕事の兼ね合いで出勤時間に間に合わない」「翌日が早いのでシフトに入れない」等の理由から、シフトを組むのに苦慮する店舗が出てくることがあります。とはいえ、社員の中にも働く優先度があるので、「働く楽しさ」「時給」「地の利」などあらゆる面から、当社を選んでもらえるように努めたいと思っています。
ーーシフトが合わず一時的に人手不足が生じた場合には、どのように対応されているのでしょうか?
松原様 距離の近い店舗間の協力体制ができているので、充足店舗から応援要員を送ってもらうことで対応しています。
当社は、寿司店、海鮮居酒屋、ビストロのように全店業態が違うものの、食材や接遇のルールといったマニュアルは共通なので、どこに配置されてもスムーズに働ける仕組みができています。
ーー「店舗間連携」と「業務の共通化」によって、一人の社員が複数の店舗で活躍できるポテンシャルがつくれる点は大きなヒントになりそうですね。
ちなみに、同業の方から人手不足にまつわる課題について聞き及んでいることはありますか?
松原様 調理担当者を採用できない、とはよく聞きます。正社員のポジションになるため、確保が難しいのだと思います。
当社も常時募集していますが、応募者は年配の方が多く、職業として続けている若い世代が少ないことも理由の一つに考えられそうです。そのため、私たちはインターンシップの取組を強化し、現在、専門学生や大学生の採用を積極的に行っています。
スタートから5、6年が経ちますが、そのまま入社に至る学生も多く、役職に就いて活躍する人も増えています。ことしも8月から高校生6名、学生2名がインターンシップに参加予定です。
目指すべき社員像に基づいた評価制度と給与体系を徹底
ーー労務環境の拡充について、御社の取組を聞かせてください。
松原様 当社では、社員、アルバイトそれぞれに独自の人事評価を設けており、いずれも“昇給のしやすさ”を念頭に置いています。
たとえば、アルバイトには何ができるようになれば、いくら時給が上がるのかを明示しており、昇給の機会も毎月あります。できることが増えて時給が上がれば、上述した掛け持ちの仕事とそん色ない報酬を得られるようにもなることが頑張ろうと思える一つの仕組みになっていると思います。
なお、社員は絶対評価で、利益率のほか、遅刻の有無や提出物に関する項目、さらにはクレドに基づいた項目も設けています。これらも、どの状態なら何点付くのかを“見える化”しています。
ーーなるほど。社員の皆さんにとっては、「分かりやすさ」「頑張りやすさ」がありますね。
松原様 加えて、当社は事業拡大を進めているので、役職者には「報酬としてこれだけ用意するので、この業務をしてください」のように、未来の可能性を信じて給料を上げることもしています。
これができるのも役職志向の社員が多いからです。
ーー役職を目指す方が多いのには、何か理由があるのでしょうか?
松原様 一つは、副店長以下と店長でお給料の差を大きくしていることにあります。売上に応じたインセンティブ給しかりです。
これはグループ代表の大坪が、「誰もが店長を目指したいと思える組織にしたい」と社員に伝えていることが大きく、報酬にもその思いが反映されています。
ーー会社が必要とする人材像がとてもよく分かりますね。続いて、業務負荷の軽減に関する工夫を聞かせてください。
松原様 一番のネックは、労働時間だと思っています。ですので、適切な労働時間内で成果を生むことに着目し、7,8年前から少しずつ業務改革を進めています。
たとえば、仕入や仕込みも、以前は社員が営業時間の2時間前に出勤して行っていましたが、いまは直営の水産製造加工場が一括で担うため、社員は営業時間直前の出勤で済むようになりました。
また、伝票や出数(メニューごとの販売数)もPOSで一元管理しており、営業管理もシステムによる自動化ができています。それまでは営業後に手作業で数えたものを1時間以上かけてエクセルに入力していましたが、いまでは5分で完了します。
このほか、シフト管理システムの導入、レジの自動化も済ませています。
理念に基づいた採用活動で社員のやりがいと定着を生み出す
ーー続いて、採用についてお聞きかせください。御社ならではの特徴はありますか?
松原様 先述のとおり、飲食業のみならず生産から物流、小売、企画まで全てのプロセスを自社で行う一気通貫グループになったため、リクルート面でも多様性を打ち出せるようになりました。
その結果、いままでとは違う方が当社に関心を寄せてくださるようになり人材にも幅が出てきましたし、応募数も増えています。そのため、現在は次の事業展開に必要な人に仲間になってもらうための採用活動が中心ですが、当社は理念経営を旨としていることから、僕たちの大切にしている思いや行動に共感してくださる人を見極め、採用することを徹底しています。
採用の時点から応募者としっかり目線を合わせることが、会社にとっても相手にとっても幸せな結果につながることを見越していることがよく分かります。
最後に、社員の充足を実現しながら、お客様満足度と売上アップを同時に目指せる一番の理由を教えてください。
一つは、店舗代表である店長に予算組みから決済に至るすべての権限を移譲途中です。
これによって自由度の高い運営が店舗単位で行えるため、どうすればお客様にご満足いただけるのかを各店長が考えるようになり、独自の工夫も見られるようになります。
この仕組みをつくれたことが、売上やお客様の満足度向上につながっていると考えます。もう一つは、コロナ禍で衰退しなかったことです。
加工場の開設により収益構造が変わりましたし、職種に幅ができたことで既存社員の活躍の場が増えたことも、やりがいづくりや定着率につながっていると思います。
今後もグループ理念である、「いつもあなたの笑顔のそばに。」に沿った事業運営で、社員が働き続けたいと思える魅力づくりを行い、社員が意欲的に働く姿が新しい仲間の呼び水になるような会社を目指していきます。
ーーどうもありがとうございました。
終わりに
インバウンド需要の受け皿として飲食業界は今後ますますの成長が期待されているものの、報酬や環境等の労働条件から働くフィールドとしては他の業界に軍配が上がることが各種資料から分かっています。しかし、大手チェーンを筆頭に、さまざまな取組から改善に努める姿も見えています。
また、インタビューにご登場いただいた株式会社LAUGHDINNING松原様のお話は、経営戦略とその根幹にある企業理念の確立が採用活動や社員定着に大きな効果を発揮することを示唆しており、ハードとソフト、即効性のある施策と長期的視点に立った取組の掛け合わせが、人手不足の解決には欠かせない視点になるといえそうです。
まとめ
・飲食業界の未充足求人数は33.6万人と試算されており、全産業の中で最も多い
・離職理由には、「やりがい」「報酬」「業務負荷」が関係していると言えそうだ
・人手不足解消に向けた施策として、大手外食チェーンは種々工夫を凝らしており、ここからは多くのヒントを得ることができる
・業務の機械化に対し、消費者の9割近くが理解を示している
・株式会社LAUGHDINNINGの事例は、経営理念に基づいた事業計画の実行が採用に好影響を及ぼし、人員充足につながることを示している
■参考・出典
※1 日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査 2024年6月度 結果報告」
https://www.jfnet.or.jp/files/getujidata-2024-06.pdf
※2 国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」P.8
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2022/pdf/000.pdf
※3 国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」P.20
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2022/pdf/000.pdf
※4 正社員給与ベースアップ及び新卒初任給引き上げについて|松屋フーズ
https://www.matsuyafoods.co.jp/whatsnew/topics/55900.html
※5 すかいらーく「ネコ型配膳ロボ」3000台導入を成功させた「特命チーム」に迫る – 採用・求人情報|すかいらーくグループへの就職・転職
https://recruit.skylark.co.jp/company/post-20230526001/
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