業界研究③建設業界の人手不足を考察します!~「オープンファクトブック#10
みなさん、こんにちは。うるる取締役 ブランド戦略部長の小林です。
私たちは「労働力不足解決のリーディングカンパニー」として、日本が抱える深刻な社会問題である労働力不足問題と日々向き合っています。
その活動の一環として、当問題の実態や私たちの生活への影響について多くの方に知ってほしいと願い、「オープンファクトブック」を実施しています。ここでは労働力不足にまつわる実態、課題、展望などを解説していきます。
このオープンファクトブックも10回目になりました。
今回も日本商工会議所・東京商工会議所が2023年9月に公表した『人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査』の結果をもとに、人手不足の深刻度の高い「建設業」を取り上げ、その実態と背景に迫りながら、打開策を考えてみたいと思います。
目次
建設業の実態
国土交通省の資料「令和5年度(2023年度) 建設投資見通し 概要」(※1)によると、2023年度における官民合わせた建設投資額は70兆円を超える見通しです。過去の推移を見ても投資額は着実に増えていることが分かります。
2024年度の建設投資額は、72 兆 4,100 億円との見通しも出ており(※2)、マーケットは拡大しているといえるでしょう。
一方、現場を担う就業者数は485万人(令3・2021年平均)といわれており、ピーク時の685万人(平9・1997年平均)から約3割減少しています。なかでも若年層の減少が顕著であり、ピーク時には就業人口の20%を超えていたのが、2021年現在は12%に留まっています。反面、55歳以上の割合は約24%から35.5%と高まっており、高齢化が進んでいます。
建設業界の課題
「建設需要は高い」ものの、「就業人口は減少」している。これが日本の建設業界の現状です。
55歳以上の就業者は、10年後には大半が引退しているでしょう。建設業を成り立たせていくには若年層を厚くし、さらには育成していくことが不可欠です。もっとも若年層の就業人口が増えない背景には、「少子高齢化」「処遇の課題」などが挙げられます。
「少子高齢化」の詳細は、過去のオープンファクトブックに譲るとして、もう一つの「処遇の課題」には、①労働時間の長さ・休日の少なさ、②賃金、③非効率業務による負担の大きさ――といった要因が考えられます。順に解説します。
① 労働時間の長さ・休日の少なさ
国土交通省の資料によると、建設業の年間総実労働時間は、「全産業と比べて340時間以上(約2割)長い」とされています。また、この労働時間は20年ほど前から全産業で約255時間減少しているものの建設業は約50時間と、減少幅の小ささが指摘されています。
休日も4週間のうち8日設定されているのは、全体の2割ほどであり、週1日以下の休日で働く人は3割以上いることが分かっています(※3)。
② 賃金
「休みが少なくてもお金をたくさんもらえるなら」という人もいるでしょう。しかし、建設業界で就業する男性の賃金は令和4年現在、350.9万円(※4)であり、全産業の342.0万円(※5)と比較しても飛び抜けて高いとはいえません。
また、日給月給制の事業者も多く、悪天候で作業が中止になるとその日の賃金は従事者に支払われません。こうした収入の不安定さも敬遠される理由になっていると考えられます。
③非効率業務による負担の大きさ
建設業の最前線は現場であるがゆえに、アナログの商慣習はまだ多くみられています。工事の指示書やスケジュールの共有にFAXが使われていたり、勤怠が事業所に設置されたタイムカードで管理されていたりすることも珍しくありません。
このように情報が事業所に集約されているため、現場が遠方であっても一度事業所に立ち寄る必要が生じ、実務以外のことに時間が取られてしまう、ということが起こっています。そうなると、プライベートに割く時間は往々にして少なくなり心身の負担が募る、ということも起こりうるでしょう。
若年層が建設業界での就業をためらう状態に拍車がかかると、どのような弊害が出てくるのでしょうか。
一つは、工期遅れの恒常化が考えられます。先ごろ、大阪万博の工期に遅れが出ていることがニュースになっていましたが、その理由の一つに人手不足が指摘されています。この状態が進行すると、道路の定期メンテナンスや橋梁の架け替えなどにも支障が起こり、インフラが崩壊する、なんて未来も絵空事ではありません。災害の現場でこれらが起きてしまうと、その影響は深刻です。
また、現場の人手がひっ迫した状態では、経験豊富な現役世代に余裕がなくなり、若手の育成や後進への技術継承に支障が出てくることも考えられます。
建設業界にも訪れる『働き方改革』
工期を延ばせないなら労働時間を長くできないのか、と考えがちですが、今後は難しくなりそうです。というのも、この4月から『建設業界の働き方改革』が始まるからです。これはすでに多くの産業で設定されている「時間外労働の上限」が、建設業でも適用されることを意味します。
働く人の処遇改善につながることではあるものの、常に高い需要にどこまで応えられるのか不安視されており、『建設業界の2024年問題』として、たびたび取りざたされています。
人手不足解消に向けて~政府の動き
建設業界の人手不足解消に向け、どのような手を講じることができるのでしょうか。まず、政府は「担い手の処遇改善、働き方改革、生産性向上を一体として進めることが必要」(※6)と見解を述べており、2019年には「公共工事の品質確保の促進に関する法律の一部を改正する法律(品確法)」が改正・施行されています。
この品確法ですが、一部を紹介すると下記のような内容になっています。
働き方改革への対応
○発注者の責務として以下の内容を規定
・ 休日、準備期間、天候等を考慮した適正な工期の設定
・ 公共工事の施工時期の平準化に向けた、債務負担行為・繰越明許費の活用による翌年度にわたる工期設定、中長期的な発注見通しの作成・公表等生産性向上への取組
○受注者・発注者の責務として情報通信技術の活用等を通じた生産性の向上を規定
このほか、長時間労働の是正、工期の確保や施工時期の平準化、処遇改善が政府主導で行われているほか、マーケットの3割強を占める公共工事において毎年のように労務単価をアップしており、環境改善に取り組んでいます。(※7)
人手不足解消に向けて~民間事業者にできること
ここでは、政策以外の取組として民間事業者にできることを考察していきます。一つは、「女性の活用」です。国土交通省の資料「女性定着促進に向けたアクションプログラム」によると、令和2年現在、建設業界における女性比率は13.6%と低い数値に留まっています。
これは女性比率を高められれば、働く人は十万人単位で増やせる可能性があるとも言えるでしょう。そのためには、女性の職業選択の俎上に載せるための取組や女性が働きやすい環境づくりを行うことが大切です。たとえば、現場における託児環境の整備、メーカーとの協業による女性の体型に合わせた作業服や扱いやすい工具の開発が考えられます。
また、建設関連の資格や運転免許は取得すれば一生モノであり、キャリア再開時にも最前線で活躍できる可能性を有しています。こうした強みを、中高生やその保護者にPRしたり、職業体験の機会を創出したりすることは次世代への種まきにもつながるでしょう。
もう一つは、ロボットやAI、ICTの活用による業務の自動化、効率化です。たとえば、測量の現場にドローンを用いる、現場監督業務を遠隔地から行えるようカメラを設置する、図面や工程管理表をクラウド上で共有し、打ち合わせはオンライン会議で行うなどが挙げられます。
これらのツールは一般商用化されているものばかりであり、導入のハードルも先進技術のように高くはありません。さらにはこれら業務の主体を女性が担えれば、女性の活躍できるフィールドはぐんと広がるでしょう。
また、難しい作業を機械化すれば人的ミスの防止に、危険作業を代行できれば人的リスクの軽減につながるでしょう。機材の運搬といった単純ながらも重労働な作業をロボットが行えるようになれば、人が休息をとる夜間の稼働が期待でき工期短縮の効果も見込めそうです。
これらは現場業務の省人化、労働負担の軽減だけでなく、業界のイメージアップにもつながり、新規入職者の呼び水になるかもしれません。
終わりに
建設業は1時間あたり、一人あたりの名目労働生産性が、不動産業と比べて7倍以上の差があります(※8)。これは少しの改善が生産性向上の大きな効果につながると言えるのではないでしょうか。
ぜひアクションを起こし、人手不足の解消を目指してほしいと思います。
まとめ
・「建設需要は高い」ものの、「就業人口は減少」している。特に若年層は全体の12%と少なく、高齢化が進んでいる。
・若年層の入職が少ない理由として、「少子高齢化」「処遇の課題」などが挙げられる。
・『建設業界の働き方改革』が人手不足に拍車をかけるのではないか、と懸念されている。
・政府は「担い手の処遇改善、働き方改革、生産性向上を一体として進めることが必要」と見解を述べ、具体的なアクションを起こしている。
・建設業界の人手不足解消には、「女性活躍」「ICTの活用」が期待できそうだ。
■参考・出典
※1 国土交通省「令和5年度(2023年度) 建設投資見通し 概要」
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001622571.pdf
※2 一般財団法人建設経済研究所「建設経済モデルによる建設投資の見通し( 2024 年 1 月 )」
https://www.rice.or.jp/wp-content/uploads/2024/01/20240112_model.pdf
※3 国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」P.7
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001493958.pdf
※4 厚生労働省「令和4年賃金構造基本統計調査の概況」P.10
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/05.pdf
※5 厚生労働省「令和4年賃金構造基本統計調査の概況」P.7
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/05.pdf
※6 国土交通省「最近の建設業を巡る状況について」P.6
https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/const/content/001493958.pdf
※7 国土交通省「最近の建設業を巡る状況について【報告】(令和5年4月18日)」P.5
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001602250.pdf
※8 公益財団法人日本生産性本部「日本の全要素生産性(TFP)上昇率」
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/JAMP03_20210323.pdf?fbclid=IwAR35fG0v-smKkp2XnmjRSax-cqHL40K_SOHC2tbB53nHtI4e1N12GOu5mgI