OPEN FACTBOOK
2024/05/31

業界研究④宿泊業界の人手不足を考察します!~「オープンファクトブック#11」

みなさん、こんにちは。うるる取締役 ブランド戦略部長の小林です。私たちは「労働力不足解決のリーディングカンパニー」として、日本が抱える深刻な社会問題である労働力不足問題と日々向き合っています。

その活動の一環として、当問題の実態や私たちの生活への影響について多くの方に知ってほしいと願い、「オープンファクトブック」を実施しています。ここでは労働力不足にまつわる実態、課題、展望などを解説していきます。

今回も日本商工会議所・東京商工会議所が2023年9月に公表した『人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査』の結果をもとに、人手不足の深刻度の高い「宿泊業」について、その実態と背景に迫りながら、打開策を考えてみたいと思います。

引用:日本商工会議所・東京商工会議所(2023年9月28日)「人手不足の状況および多様な人材の活躍等に関する調査」調査結果 P.7
https://www.jcci.or.jp/20230928_diversity_release.pdf

なお、今回は沖縄でホテルの運営・企画プロデュースを行う沖縄UDS株式会社 広報 稲里なおみ様、経営企画部 鈴木秋子様に、宿泊業における労働力不足について当事者としての考察、同社の取り組む打開策など、そのリアルについて伺いました。こちらはオープンファクトブックの後半でご紹介しています。あわせてご一読ください。

アフターコロナ、日本の宿泊業は5兆円規模に


WHOがコロナの収束を宣言して以来、日本では国内旅行客だけでなく、インバウンドも増えています。観光庁によると、2023年の延べ宿泊数は5億9,275万人泊(日本人:4億7,842万人泊、外国人:1億1,434万人泊)を数えており、2019年比-0.5%(前年比+31.6%)と、コロナ前の水準にほぼ戻っています。

出典:観光庁「宿泊旅行統計調査 (2023年・年間値(速報値))」
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001732306.pdf

帝国データバンクによると、2023年のマーケット規模は、2018年の実績を超えるのでは、とも見られており(※1)、旅館・ホテル市場はV字回復しているといえるでしょう。

このように、2023年以降の宿泊市場は、円安・物価安によるインバウンド旅行客の流入も大いに見込まれており、しばらく活況が続きそうです。 しかしながら、人手が「不足している」と答える宿泊事業者は冒頭のとおり、79.4%に上っています。その就業者数ですが、総務省「労働力調査(令和5年)」によると、2023 年平均で 398 万人(注:「飲食サービス業」含む)と前年に比べて17 万人増加。ただし、コロナ前にあたる2019年の421万人には及ばず、アフターコロナの需要を支えるには、不安が残るといえそうです

総務省「労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果の概要」表1-8をもとに、当社作成
https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/gaiyou.pdf

人手不足をもたらす要因

就業者数がかつての水準に至らない理由として、コロナを発端とする業績不振により他業種に流出した人材が戻っていないこと、転職希望者が減っていることが挙げられます。こうした状況が生まれる背景として以下のことが考えられます。

賃金の安さ
国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」によると、全給与所得者における平均給与 458 万円(※2)に対し、「宿泊業,飲食サービス業」は 268 万円(※3)となっています。この金額は全業種を通して最も低く、就業の障壁になっていることが考えられます。

②長時間労働・不規則勤務
24時間365日営業が常の宿泊業は、一般企業のように朝から夕方までの8時間勤務、土日休みといった固定的な働き方ではなく、夜勤や土日出勤を含むシフト勤務が基本です。また、業務内容も朝は朝食準備に始まり、チェックアウト対応、ルーム清掃、備品補充、チェックイン対応など多岐にわたることから拘束時間が長くなる傾向にあります。人員が少なければ一人にかかる負担も大きく、労働環境はハードといえるでしょう。

③休暇が取りづらい
有給休暇が取得しづらく、公私のバランスが取りにくいこともネックになっているのかもしれません。厚生労働省によると、全産業における年次有給休暇の平均付与日数17.6日に対し、「宿泊業,飲食サービス業」は13.6日と4日少なく、平均取得日数も全産業10.9日に対し、6.7日と低い水準です。冒頭に挙げた東京商工リサーチの調査で人手が「不足している」と回答した上位業種と比べても、際立って低いことが分かります。

厚生労働省「令和5年就労条件総合調査の概況|P6. 第5表 労働者1人平均年次有給休暇の取得状況」をもとに、当社作成
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/23/dl/gaikyou.pdf

なお、これらの要因は宿泊業に就く人が「就業後に感じたギャップ」として挙げた上位回答とも合致しています。

出典:田村尚子(西武文理大学教授)「宿泊業従事者の就業意識 ─その特徴と課題」日本労働研究雑誌 2019年7月号(No.708),P63(online),https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2019/07/pdf/060-073.pdf,(アクセス2024-5-15)(当社一部加工)

このほか、人手不足の要因として「人材獲得の激化」も挙げられます。インバウンドが増加基調のなか施設の稼働率も上がっており、ホテルの開業も相次いでいます。需要に応えようと採用強化を図るものの、少ないパイを業界内で取り合うような状況が生まれていることも考えられます。

ここで離職率も見ておきましょう。宿泊業は入職率が高ければ離職率も高く、全産業の中でも、人材の流出入が激しいといえます。つまり、事業者にとっては採用活動を延々と行わなければならず、ここに一定の人的リソースを割かざるを得ない状況にあることがうかがえます。

厚生労働省「産業別の入職と離職の状況」図3-1 産業別入職率・離職率(令和5年上半期)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/24-1/dl/kekka_gaiyo-02.pdf

人手不足の解決に向けて

 このように働く環境や条件の厳しさが先に立つ宿泊業ですが、国は「観光は、我が国の力強い経済を取り戻すための極めて重要な成長分野」(※4)と位置づけており、その一画を担う宿泊業は重要な業種といえるでしょう。この先、人手不足をどのように解決し、国の政策に資する成長曲線を描いていけるのでしょうか。

この章では、宿泊業で行われている対応策をいくつか挙げてみます。

①テクノロジーの活用

フロント業務にテクノロジーを導入する施設は増えています。たとえば、ビジネスホテルチェーン『アパホテル』はオンラインチェックインシステムを導入しています。宿泊客はあらかじめスマートフォンからチェックインを行い、ホテル到着後はフロントの端末を操作するだけで、ルームキーの受け取りを含むすべての手続きを完了できます(※5)。多言語対応の端末を導入すれば、外国語が堪能なスタッフを常時配置する必要もありません。

旅行大手HISグループが展開する『変なホテル』でも、フロント業務にロボットを採用するほか、客室へのコンシェルジュロボットの設置、モバイルルームキーの導入を図っています(※6)。これらは省人化と同時に、宿泊客に新しい体験の提供を実現しています。このほか、お掃除ロボットの導入、IoTを用いた施設管理などにより人員配置の効率化や業務負担の軽減につながると考えられます。

②外国人活用、シニア活用

他業種でもいえることですが、労働者層の拡大によって人手不足の解決に近づけることができます。宿泊業は時間帯や業務内容(フロント、清掃、配膳など)から、仕事を細分化しやすいといえます。一方、留学中の外国人や現役引退後のシニアは短時間勤務を希望するケースも多く、その業務が発生する時間帯に合わせた専従的な働き方を提案できれば、求職者の目に留まる可能性が広がりそうです。なお、リネン交換や客室清掃など宿泊客とのコミュニケーションを基本必要としない業務においては、日本語が不得手な外国人の採用も検討できそうです。

③スキマバイト、リゾートバイトの導入

『タイミー』に代表されるスキマバイト、期間限定かつ住み込みで働く人を募るリゾートバイトなど、コアタイムや繁忙期の人手不足をまかなえる人材サービスの活用も効果を見込めるでしょう。これらに登録するユーザーは宿泊業界で繰り返し働いているケースが多いことから業務の飲み込みも早く、即戦力として期待できます。

④サービス提供の簡素化

近年は、連泊客に対する清掃やベッドメイキング、タオル交換の頻度を、それまでの毎日から2,3日ごとに変更する施設も見られます。上述した『アパホテル』しかりです。こうした対応を行っていることを明示しておけば、宿泊客にも「そういうものだ」と受け入れてもらえるでしょう。これにより、従事者の負担を大きく減らすことができます。

⑤待遇改善

何よりも大切なのは、現在働く人たちの待遇改善です。給与の改善や賞与額の見直しにより、長く働きたいと思える環境に変えていくことが求められています。原資の確保が難しい場合にはインセンティブ制度の導入が検討できます。頑張った人が頑張った分だけ対価を得られるようになれば、業務負担の増す繁忙期であっても、モチベーション高く働く動機となるでしょう。

このほか、シフトを固定化し、その他の時間は非正規雇用者に任せることで休みやすい環境をつくったり、業務効率アップと属人化の排除を目的としたマニュアルを整備したりすることも効果を見込めそうです。

当事者は人手不足をどう考察しているのか

ここからは、宿泊業を営む沖縄UDS株式会社(https://okinawa-uds.co.jp/company/) 広報 稲里なおみ様、経営企画部 鈴木秋子様へのインタビューをお届けします。

左が稲里様、右が鈴木様

オープンファクトブックの所感と気づき

――まず、本オープンファクトブックをお読みになっての感想を聞かせてください。

稲里様 データを活用するにあたり、構成する母集団、つまり宿泊事業者の属性は外資系ホテルから国内ホテルチェーン、個人経営まで様々であることを前提にしておく必要があると思います。というのも、データにはこうした資本や事業規模は考慮されておらず、実際は千差万別です。

たとえば、人手不足をもたらす要因としてオーブンファクトブックでは「賃金の安さ」を挙げていますが、沖縄県内のリゾートホテルの中には、支配人兼取締役の年収が1000万円を超えているケースもあります。「長時間労働」においても当社の場合、残業時間は管理職も含め平均8時間と、他業種と比べても低い数値にあるといえます。

――ありがとうございます。データは客観的事実として押さえつつも、業界の本質を知るうえで個々の会社の実態把握は欠かせない、ということですね。これは、他の業界でもいえることと感じます。ほかにお気づきの点はありますか。

稲里様 宿泊業界が長時間労働になりやすい理由ですが、「業務過多」「DXが進んでいない」ことに加え、「日本人が“世界一厳しいカスタマー”」であることも関係していると思っています。たとえば、2つ星ホテルの利用であっても、5つ星ホテルのようなサービスが求められる場面もときにみられています。こうした環境が、日本の高いホスピタリティスキルを培ってきたとも思いますが、お客さまの要望に応えようとした結果が、残業や業務負荷として現れているケースもあるでしょう。

 一方、人手不足の解決策として言及している「外国人の活用」ですが、宿泊業界は他業界よりも進んでいると感じます。その理由ですが、①宿泊業が全世界で通用するサービスであること、②インバウンドを多く受け入れていること、③外資系ホテルも多く参入していること――が挙げられます。

人材定着に向けた独自の取組

――続いて、御社の人材定着に向けたお取組について聞かせてください。

鈴木様 人手不足を引き起こしているのは、入職者と退職者が同時に発生する状態です。そうなると、「いつまで経っても人手が足りない」という悪循環に陥ります。その点、当社は、退職を生まない風土・環境づくりによって人員が常に充足されている状態を目指し、「採用活動ゼロ」を目標に社員定着のための取組を種々行っています。ここでは、五つの取組をご紹介します。

①柔軟なチーム組成
当社は組織体制を各ホテルの成熟度合いや個別課題、もしくは全体の課題に合わせて柔軟に変更しています。たとえば、開業フェーズでは即戦力につながるキャリア採用者を多く配置しています。「目的をかなえるために必要なチームとは」の視点から、責任者クラスが徹底的に議論を行い、組織をデザインしています。

②研修
新入社員に対するきめ細やかなOJTやオリエンテーションの実施によって、業務の早期理解と帰属意識の醸成を図るほか、組織に厚みを持たせるべく、ネクストリーダー(若手~中間が対象)の育成にも注力しています。

③福利厚生の充実
従業員満足度の向上を目的として、実際に働いている社員から生の意見を募り、制度に反映しています。たとえば、入社から1年を迎えた社員に感謝の気持ちを込めて自社ホテルの宿泊チケットを贈呈する『Fellow Anniversary制度』、年1回開催の『スタッフ感謝祭』など、当社ならではのユニークな制度があります。

④業務のアウトソーシング、DX化
外部に依頼できる業務を見極め、コア業務に集中できる体制作りを目的に、現在、清掃業務やマーケティング活動をアウトソーシングしています。なお、DXにおいては、当社も自動チェックイン機を導入済みです。ただし、これは導入がフィットするホテルであることが前提です。たとえば、高いホスピタリティが期待されるホテルに設置した場合、お客さまが納得してくださるのか、ご満足していただけるのか、という視点は欠かせません。

⑤社員のマルチスキル(多能工)化
ホテル業務は「フロント」「予約業務」「調理」「レストランサービス」のように複数の異なる職種で構成されていますが、当社では、専門性を磨くのか、マルチスキルを習得するのか、を自身で選べる目標設定制度を用い、複数の職種に関わり横断的に補完しあえる組織づくりを念頭に置いています。これにより一時的な欠員を補えるほか、スキルアップによる社員のモチベーション向上、その後のキャリア形成につなげています。

こうした複合的な取組によって、生産性向上、労働時間の削減につなげることで、人手不足が起こらない体制づくりに努めています。

――たくさんの具体的なお話をありがとうございます。どの施策も示唆に富んだ素晴らしいお取組と感じています。なかでも「④業務のアウトソーシング、DX化」については、追求するのは「人手不足の解決」「利便性向上」でよいのか、本質は何か、を問うたものであり、見落としてはならない視点であることに気づかされます。

人手不足解決に向けて

――最後に、人手不足解決に向け、お二人が必要と考えられていることをそれぞれ聞かせてください。

鈴木様 日本には北から南まで観光資源が豊富にもかかわらず、この分野への魅力づくりや勉強が足りていないと感じています。沖縄県を例に挙げると、これだけの観光資源があり、ホテルも様々に林立するにもかかわらず、ホテルビジネスを本格的に学べる大学などはなく、若年層の就職候補にのぼっていません。業界知識を深める施策に各自治体や観光協会をあげて取り組み、全体で盛り上げていく必要を感じています。

稲里様 日本は観光学部を設置する大学が少なく、学科単位で存在していることが多いです。多くの方々が邁進しているものの、まだまだ発展途中の学問ともいえます。ひるがえって、たとえばフランスは観光学が一つの学問として確立されており、就業者にも高いステータスがあります。こうした認識を日本でもつくり、広めていくことは就業人口の増加にゆくゆく寄与していくのではないでしょうか。

終わりに

宿泊業界は、人の感情や記憶に寄り添うとてもすばらしい業界であり、観光立国を掲げる日本にとって太い柱となる重要な業界です。そのうえで、就業者を募る魅力づくりに課題があることも、各種データや稲里様、鈴木様のお話からうかがことができました。ここから前に進んでいくためには、複層的な課題に複数の方向からアプローチすることが大切ではないでしょうか。

沖縄UDS様をはじめとする事業者単位の取組もしかりですが、国や業界、団体といった大局からの働きかけもここに含まれているといえるでしょう。このほか、いまいる人材が働きやすく成長を実感できる職場づくりを強く推進するのはもちろん、業界のイメージ向上、利用者の意識改革もまた大切な鍵になるといえそうです。

まとめ

・コロナ収束後の国内は観光ビジネスが活況であり、宿泊業の多くも業績のV字回復を果たしている

・しかし、宿泊業における就業人口は、コロナ前(2019年)に及ばず、需要に対応できるのか、不安が残る

・就業者が不足する背景として、「賃金の安さ」「労働時間の長さ」「休暇のとりづらさ」などが考えられる

・人手不足を解決する手立てとして、「テクノロジーの活用」「シニア活用、外国人活用」「就業者の待遇改善」などが検討できる

・「統計から得られる情報と事業者の個別の状況をあわせて考察することが、業界の正しい理解につながる」と、沖縄UDS 稲里様は話す

・人手不足の解決には、各事業者の努力に加え、国や業界といった大局からの働きかけも必要である

■参考・出典
※1 帝国データバンク「旅館・ホテル業界」 動向調査(2023年度見通し)https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p231105.pdf

※2  国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」P.8https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2022/pdf/000.pdf

※3 国税庁「令和4年分 民間給与実態統計調査」P.20https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2022/pdf/000.pdf

※4 観光立国推進基本法 | 観光政策・制度 | 観光庁https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/kihonho/index.html

※5 参考:【公式】アパ直なら、比較なしで最安値。【新都市型ホテル|ビジネスホテル】https://www.apahotel.com/

※6 参考:変なホテル公式予約サイト|世界初のロボットホテル
https://www.hennnahotel.com/

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