20新卒自己紹介ブログリレー:木下がうるるに出会うまで。

意志を持つということ。

僕は何不自由のない一般家庭に生まれ、何を考えることもなく生きていた。

当時の僕には「意志を持つ」ことがなかった。

みんながハマっていることに同じくハマり、言われたから宿題をやり、目指せと言われたから難関校と呼ばれる学校を目指した。

みんながそうするから、僕もそうする。

そして、日本の義務教育が作り上げた道筋を何一片誤ることなく、僕はきれいにたどっていた。


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高校の3年間が終わり、僕は道を失った。

滑り止めの大学にすら受かることなく、浪人を余儀なくされた。

一年間、ひたすら勉強しなければならないという、不安が入り混じった絶望。

しかし、その中でも走り切ることができたのには理由がある。

 

きっかけは本当に些細な事。

行きつけの本屋にふらっと寄った際、第一志望校の学生が作った受験生応援雑誌が目に入った。

今考えると本当にふざけた雑誌だったが、夢中になって読んだのを覚えている。

気づけば、「どうしてもこの大学に入りたい」という意志が芽生えていた。

 

人生で最も勉強に費やした日々が、幸いにも報われ、第一志望校に合格。

生まれて初めて、うれし泣きをした。

日々の勉強が合格までの道のりを形作ってくれたのは、間違いないが、あの時芽生えた意志が道しるべになってくれたことも、間違いない。

 

意志を持った行動こそ、人を突き動かし、目指す所まで向かうための原動力となる。

当時から、言葉として、まとめられていたわけではないが、確かに実感したことだった。

たくさんの意志を持った人たちとの出会い。

大学では自分の思うままに動いた。

わくわくするようなことがしたい、そしてダンスがしたい。

そんな思いから、フラッシュモブサークルとよさこいサークルに入った。

思うままに動いた結果、後悔する日などなかった。本当に最高の日々を過ごすことができた。

 

目まぐるしく変わる自分の欲が、その日その日の行動を後押しし、その中で多くの面白い人達と出会った。

「馬鹿と天才は紙一重」という言葉を体現している人や夢を追いかける人、考え方が独特な人や行動力がパない人…とか。

 

面白い人達は、みんな一様に自分の意志を持っているように思う。

そして、イキイキしている。

 

「生きることってこんなにも自由なのか」

これこそ、大学で一番学んだことだ。

でも、その自由の中にも意志がある事に気づいた。

 

それは、「自分はどう生きたいのか」という意志。

バカみたいにその日その日を楽しむことに夢中だった僕には全くわからないままだった。

働きがいが、生きがいになる。

日々に夢中になっているうちに、大学3年生になった。

周りの人たちと同様に就活という文字がチラつく。

働くということがどういうことかわからないし、漠然とした不安があった。

 

働くことがわからなければ、一度働いてみたらいい。

そんなシンプルな考え方から、就職を一年ずらし、インターンをすることにした。

 

スタートアップ、海外、イケてるベンチャー…色んな所を転々としながら、働くことのイメージが出来上がっていった。

そのイメージとは当初のものとは実に違った。

 

本当に楽しかったのだ。

 

毎日満員電車で死んだ顔をしながら職場に向かい、日曜には翌日の月曜を憂う。

こんなイメージを抱いていた僕にとって、働くとは苦行の一種だとしか思えなかった。

でも、インターンで出会った多くの人達は、そんなイメージを払拭するのには十分なくらいイキイキしていた。

 

まるで学生生活の延長線上のように思えるくらい楽しそうだった。僕自身も日々成長を感じることができるから、楽しかった。

 

人生の大半を労働に捧げるのだから、働きがいこそ、生きがいになる。

 

イキイキと働く人達が語らずとも、示してくれた教えだ。

僕にとっては「自分はどう生きたいのか」という難題に一筋の光を刺す気づきだった。

「自分はどう生きたいのか」

一年が経ち、再び就活の時期がきた。

 

如何に働くかは、如何に生きるかに直結する。

 

インターンで痛感したこの気づきを元に、自分を振り返りまくった。

ただ、「働きがい」を持つために、自分は誰に何を提供したいのか全く検討がつかなかった。

 

気づいたこととしては、自分の成長のことしか考えていなかった、ということだけ。

だから、正直、企業が掲げるような崇高な企業理念に共感することができなかった。

この想いを正直に企業に伝えたら、当然だが、お叱りを受けたりもした。

 

僕にとって、価値を提供したい人は誰か。

何度も悩んだ末に、たどり着いた結論は、母親だった。

 

手のかかる子どもだったと思う。

そんな僕をずっと支えてくれた母親には恩返しがしたいと思った。

いつも大変そうに働いて、夜遅くに帰宅する母親。

そんな母親は、今の仕事に働きがい、ひいては生きがいを感じているのだろうか。

 

働きがいこそ、生きがいになる。

だからこそ、母親に働きがいを持てる仕事を提供すれば、きっと恩返しになると思った。

そして、その上で、多くの人たちにも働きがいを提供できればいい。

こうして、初めて「自分はどう生きたいか」という難題に自分なりの答えを出すことができた。

うるるとの出会い。

うるるとは、エージェントを介して出会った。

正直、へんてこりんな名前をしている変な会社というのが第一印象だった。

 

うるるのビジネスモデルは非常に理解し難い。

採用担当の神崎さんが、会社説明会の際に飲み込みの悪い僕にホワイトボードを使って一生懸命説明してくださったことを今でも覚えている。

ただその中で、うるるは人の働き方というものに対して、真摯に向き合ってきた企業だということ、このことだけは記憶に強く残った。

 

この会社なら、自分の提供したい価値と重なるかもしれないと思った。

 

一番、印象深い面接は取締役であるしんすけさんの一次面接。

The 取締役感が溢れ出すしんすけさんに対して、緊張しっぱなしで、上手く話せなかった。

でも、それ以上にしんすけさんのある言葉が印象的で、今でも忘れられない。

 

「俺はこのうるるスピリットを「THE MODEL」のように「THE CULTURE」という存在にしたい。」

 

僕がインターンしていたのは、同じようにカルチャーを大切にしていると謳う会社だった。

ただ、いまいち実感として感じることはできなかった。

 

僕自身、その会社の持つ価値観は大切にしたかった。

自分自身の働きがいに強く影響するから。

 

自分自身が働きがいが持てない人が、働きがいを提供するなど、できっこない。

そんな自分にとって、しんすけさんの力強い言葉は救いだった。

この時、うるるに入りたいと強く思った。

働きがいを持って、働きがいを提供したい。

 

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そんなわけで、僕は今、うるるにいる。

 

正直、スパッと入社することを決めたわけではない。

最後の最後まで、悩んだ。

 

悩んだ挙げ句、最後はなんとも表現し難い、空気感で決めた。

アツくて温かい、人を大切にする企業。

そんなイメージが、ワクワクを駆り立てて、決め手になった。

 

急な話だが、先日、ふと、テレビの旅番組でこんな言葉を耳にした。

「命を大切にすることと、過保護にすることは違う。命を大切に使うために、僕は危険を犯して冒険をするんです」

まさにその通りだと思う。

 

だから、僕は世界一周に出た。

 

というのは、半分冗談で…

 

限られている命を大切にするために、できる限り、喜びと挑戦の多い時間にしたい。

僕にとってそれは、働きがいを持って働くということであり、

その働きがいとは、多くの人たちに働きがいという価値を提供することだと、今は思っている。

 

もちろん、変化していくことは当然あるだろう。この想いも一つの仮説に過ぎない。

ただ今は、この意志を持ち続けて、一人でも多くの人が「働く」を通して、生きがいを得られるように、激しくこの命を使いたい。

 

 



世界に期待され、応援される企業を目指すうるると共に。